あての無い道

日々の出来事や旅行、ドライブについてあても無く並べていきます♪

世界新三大夜景 長崎の夜景を観る

今回も引き続き長崎観光

 

夕方を過ぎて、そろそろ陽も傾き始めた16時

長崎港の遊覧クルーズに乗船することに

 

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今回乗船したのは、長崎港をめぐる港めぐり遊覧船

船に乗って、海の上から長崎港に点在する世界遺産や見どころを見て回る遊覧

 

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本来このクルーズではこの黒い船

その名も「観光丸」に乗るもの

この観光丸、名前の由来が現在の「観光」という言葉の起源ともなった、儒教の経典から引用された名前

なんでも、「光」を「観る」。

つまりは、「その国の光を見れば治乱興廃ぶりがわかる。良き国にするために広く諸国を廻ってその目で確かめる。」という意味なんだそうです。

1850年に同盟の初代の船がオランダのアムステルダム国立造船所で起工され、その後日本に渡り、長崎海軍伝習所等で運用されていました。

初代の「観光丸」は1876年に廃船となりましたが、1987年に復元されたのがこの現在の「観光丸」なのです。

 

ちなみにこの船、近代化産業遺産に認定されていたりもします。

 

と、まぁこんな由緒ある船に乗って文字通り「観光」するハズだったのですが、今回はなんと機関故障で動かせないとのことで…

横に係留されている

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普通の遊覧船でのクルーズとなりました。

 

それでも、乗船までは「観光丸」の中を見学することは出来ました。

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乗ってみると、歴史があるんだなぁと感じます…?

 

さて、出航の時間

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出島ワーフを眺めながら出発です。

 

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船から見ると長崎の街が、本当にすぐ山に囲まれていることがよくわかります。

 

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クルーズでは、三菱の造船所で建設中の船を見たり

 

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点検中のイージス艦を見たり

 

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あの戦艦ヤマトを作ったと言われているドッグをすぐ目の前で見たり

 

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長崎港の玄関にそびえ立つ、女神大橋をくぐることも出来ます。

 

しかし、この時間だと西陽が辛いですね…

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約1時間でクルーズは終了

 

さて、本題の夜景を見に移動します。

1日乗車券を使って再び路面電車に乗車

「石橋」電停で下車して、ここからこの日2回目の山登りがスタート

 

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民家の横の狭い坂道を登って行きますが、なかなか辛い

感覚的には常に15%以上の勾配が続いているよう

車道が現れて、横をすり抜けていく車やバイクもかなり唸りながら登っています。

 

ちょうど日が沈んだ頃、汗だくになってやっとたどり着いたのがこちら

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鍋冠山公園展望台

看板の説明を見てみると、ここの標高は169m

ほとんど自分の足で登ってきたと思うと、普段運動不足とは言え辛い思いをした事に納得

地図で見ると近いので楽勝だと思っていたんですけどね…

 

通常、長崎の夜景スポットと言うと「稲佐山展望台」がかなり有名です。

おそらく世界新三代夜景と呼ばれる夜景も、そちらの展望台からの夜景を指すのでしょう

稲佐山はロープウェイで登ることも出来ますしね!

 

では、なぜ今回は鍋冠山なのか?

単純に徒歩でたどり着ける展望台を探したら、ここが1番近かったのです。

 

それに、ここからだとちょう長大橋の「女神大橋」も割と近く見る事が出来そうだと読んで…

 

さぁ、果たして

 

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「おぉ!!」

思わず声を出してしまうような景色、ちょうど日が沈んだ後の「マジックアワー」も相まって、大きな斜張橋が綺麗に見れました。

そして、肝心の長崎の街の夜景は?

 

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うん、苦労して登ってきた甲斐がありました。

本当に美しい!

稲佐山よりも街を近くに感じられる事、カンチレバークレーンも一緒にフレームに収められる事、これがこの展望台の特色かもしれませんね。

 

長崎港を中心に、山々が街を取り囲むすり鉢状の地形。

これにへばりつくように光り輝く夜景がこの長崎の夜景の美しさの秘密

鍋冠山公園展望台は、稲佐山よりも人が少なく、落ち着いて夜景鑑賞ができる穴場スポットでした。

 

ここから駅まで下るのも、しんどかった…

長崎 海援隊 幕末の貿易結社 亀山社中へ登る

前回に引き続いての長崎観光

 

ぶらりと訪れた平和公園浦上天主堂

ここから市内中心部の観光地へ行くには少し距離があります。

そこで

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路面電車の一日乗車券を利用しました。

電車に一回乗ると、どこまで乗っても一回120円

この一日乗車券は500円

という事は、5回乗れば元が取れることになります。

いざ観光!となって、それなりの広さと大きな起伏と伴う長崎を歩いて観光しようとするとかなりの体力を使うので、ちょっとそこまで!という時もお財布を気にせずに利用できるこの一日乗車券はアリだと感じました。

 

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という事で、乗車します。

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電停とか、停留所なんて呼び方をする路面電車の駅ですが、意外と狭いんです。

慣れてないと、初めて車両が来るとその近さに驚くと思います…

 

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それなりに古い車両に乗ると、なかなか風情があります。

車を横目にゆらゆらと揺られながら、吊り掛け駆動の唸り音を聴くとタイムスリップした気分に浸れます。

 

小一時間乗って、お目当の電停に到着

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新大工町で下車して、ここから山を登っていきます。

 

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鳥居を目印に登山

延々と階段が続きます。

 

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ここまで来たら少し脇にそれます

 

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それでもまだまだ登り!

この日は11月も末だというのに汗ばむ陽気

ここまでくるともう汗だくです…

 

そして、まず一つ目の目的地

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亀山社中資料展示場」

ここは「亀山社中ば活かす会」という地元住民と有志による団体で運営されている施設

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中には幕末期の古写真などを展示・公開しており、龍馬ファンや歴史好きの人にはなかなか楽しめる施設だと思います。

私は…そこまで歴史に詳しくないので、少ない知識の中でなるほどなぁと感心するばかりでした。

ただ、出迎えてくれる方々がとても暖かく、居心地の良い雰囲気が印象に残っています。

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ちなみに、中では龍馬と記念撮影も撮れます。

 

さて、そんな資料館を後にして、細い道を歩いて行くと一気に景色が開けます。

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テレビや雑誌で見覚えのある方も沢山いると思います。

そう、龍馬のブーツ像

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このブーツに足を突っ込んでみると、幕末の雰囲気に…

ではなく、よくここまで登ってきたなぁと実感します(笑

なんでブーツ像なのか?

 

〜日本で初めてブーツを履いた男〜

幕末の風雲児、坂本龍馬は日本で最初にブーツを履いたと言われています。

身分制度が厳しい時代に、下級武士である郷士の家に生まれ、草履しか履いてこなかった龍馬は、この長崎の地でブーツを履いて新しい時代を切り開いたことから、亀山社中創設130周年記念事業の一環として建立されたのだそうです。

 

 

このブーツ像のすぐそばに亀山社中記念館があります。

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元々は陶器を焼いていたこの場所

それが廃窯となったあとに、龍馬がその家屋を借りて亀山社中を起こしました。

亀山社中は貿易を行なって、交易の仲介や物資運搬などで利益を得て、海軍や航海の技術を習得していきました。

その中でも、薩長の間を取り持つことが目的の一つであり、薩長同盟の締結には大きな役割を果たしたと言われています。

この亀山社中が後の「海援隊」となるのです。

 

現在の亀山社中記念館は、当時に近い形で長崎市が整備したもので、内部は当時の雰囲気を感じる事ができます。

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ちなみにこちらでも坂本龍馬と記念撮影ができます(笑

 

そろそろ長くなってきましたので、次回に続く…

 

 

歴史と異文化の街 長崎を散歩する

もう12月だと言うのに、まだまだ暖かい日が続いていますが、11月の中頃から長崎へ出張!

 

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出発の地はもちろん羽田空港

飛行機に乗るのは2年ぶりなので気持ちが高ぶりますw

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賑わう第2ターミナルからANAとソラシドエアのコードシェア便で長崎を目指します。

今回はソラシドエアの機材での運行でした。

レジ番号は「JA810X」機材は新し目のB737-800シリーズです。

 

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夕方のフライトであったため、テイクオフしてしばらくすると外は夕焼け

強い光が次第に低くなり

やがて空を一瞬の朱に染めて、水平線に夕日が沈む様は圧巻

普段生活している地上ではなかなか見られない景色は、飛行機の楽しみの一つですね。

 

長崎空港からは高速バスを利用して長崎市内へ向かいます。

 

待ちに待った休日を迎えて、観光へ向かいます。

人生で2回目の長崎、ずっと行きたいと思っていた「軍艦島」に行こうと思っていました。

ところが、台風の当たり年だった今年は軍艦島も被害を受けて、観光エリアが壊滅状態

復旧工事中の為に上陸出来ない事が判明したので急遽街歩き観光に切り替えることに…

 

何の下調べもせずに始めた観光

ホテルが近かったこともあり、まずは定番の平和公園

 

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この日は3連休の真ん中

観光にはうってつけの快晴!

2013年に完成したというエスカレータのおかげで、階段を上る苦労なく公園のある丘へ登る事ができます。

 

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エスカレータを登って最初に目に入ってくるのはこの噴水

「平和の泉」

正面の石碑には「あの日のある少女の手記から」と書かれて、原爆投下時の生々しい一文が刻まれています。

奥には「平和祈念像」が静かにそびえるのも見る事ができます。

 

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近づいてみるとその大きさを実感することができます。

左手には原爆資料館が整備されており、勉強することが出来ますが今回は寄らず。

 

平和公園は1945年(昭和20年)の8月9日に投下された原子爆弾落下中心地と、その北側の丘の上とを含めた場所に、平和を祈って設けられています。3つのゾーンから構成されており、その広さは約19ヘクタールもあるのだとか。

まれに平和記念公園なんて呼び方もされていますが、正式には平和公園なのだそうです。

 

さて、この平和祈念像の脇を通って行くと、少し開けた展望エリアがあります。

ここからは、赤煉瓦が綺麗な浦上天主堂を望むことが出来ます。

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この丘から浦上天主堂へ向かうには…

 

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こんな階段を下っていかなければなりません。

戻ってくるのが辛そうです…

 

〜原爆により崩れ落ちた浦上天主堂の鐘楼〜

いよいよ天主堂に近づくと、敷地の脇になにやら観光用の看板があります。

看板の正面には地面に半分埋まっている構造物が

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これは原子爆弾の炸裂によって破壊された浦上天主堂の鐘楼なんだそうです。

ほとんどが破壊された天主堂、その後かろうじて残っていた堂壁や鐘楼も崩れ落ち、一部の堂壁だけが残りました。

崩れ落ちた鐘楼の一つ(重量約50トン)がこの目の前にあるもの

当初は川底に埋まっており川を塞いでいる状態でしたが、爆破破壊して川の流れを回復しようとしたものの、当時の状況で火薬を使うことができなかった為、川の流れそのものを変えて川を回復させたという話もあるようです?

 

爆心地にほど近いこの辺りは、17世紀初頭に始まるキリシタン禁令の時代からカトリック信徒の多い地域で、原子爆弾はこの聖地に炸裂して約12000名いた信徒のうち実に約8500名が犠牲となったそうです。

冥福を祈り、二度と惨禍が繰り返されないことを祈って保存されているのです。

 

そんな鐘楼を見た後、いよいよ天主堂へ

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ホントに天気がよくて最高のロケーションでした。

青い空に、赤く輝くレンガの教会が神々しいまでに映える様は圧巻

 

教会内部は撮影する事ができませんが、ステンドグラスの窓から斜めに降り注ぐ七色の光が規則正しく等間隔で教会の前方まで続く様は言葉で言い表せない絶景

静かな空間に飲み込まれるような雰囲気でした。

やはり教会は晴れた日に訪れるのが良さそうですね。

 

原爆により倒壊した浦上天主堂ですが、昭和21年に生き残った信徒達の手でまずは木造の仮聖堂が建設され、その後昭和34年に現在の鉄筋コンクリート像の聖堂が再建されました。

教会内部には瓦礫の中から奇跡的に発見された「被爆マリア」像が安置されており、被爆の実相と平和の大切さを伝えています。

 

フラフラと訪れた平和公園浦上天主堂ではありましたが、思いのほか濃い時間を過ごすことができました。

 

まだ昼前、観光はまだまだ続きますが長くなりましたので「その2」へ続きます!

 

 

難所 六十里越! 晩秋の国道252号を走る

奥只見を堪能した前回から、来た道を引き返して今回の旅のメイン目的へ向かいます。

 

シルバーラインを下り切り、国道352号で小出まで戻ったらここからは国道252号

この国道252号は柏崎市を起点に、新潟県から福島県会津若松へ至る国道

 

小出から走り始めると、最初は只見線と共に町の中を走ります。




 途中、道の駅「いりひろせ」で休憩

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この道の駅の隣には「鏡ヶ池」があり

 

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終盤を迎えた紅葉と綺麗な風景を描いていました

近くにある案内板にはうなぎの絵が描いてありましたが、とれるのでしょうかね?

 

気を取り直して再び走り始めると、すぐに道は山岳区間に突入

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 新潟県側の道は、山間部の川沿いを緩やかに登っていくので、しばらくは只見線と一緒に並んで走ります。

 

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さらに登っていくと、国道側にはスノーシェッドが目立ち始めます。

 

川沿いを走るので、ところどころ崖に近いところでは雪崩などから道を守る必要があるようです。

こういった場面では、只見線はばっちりトンネルでクリアしているのも見逃せません。

 

いよいよ峠が近づき、勾配が増してくると只見線は長い長い「六十里越トンネル」に潜ってしまい国道は独り身に・・・

それを合図に国道はスノーシェッドを伴った急な九十九折りで高度を上げていきます。

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 高度を高めていよいよ県境が近づくと、国道は峠を迎えます。

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今まで登ってきた道を振り返ると新潟県の看板

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雪の重みのせいか、少し曲がった国道おにぎりが誇らしげ

 

そして、これから進む方向は

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福島県の看板と共に「六十里越トンネル」が現れます。

このあたりの「六十里越」の名前は、実際は六里だけど険しいために一里の距離が十里にも感じられるから等、色々と由来があるそうで、それくらい古くから交通の難所であった事によります。

さて、トンネルをくぐって福島県に突入!

すると一気に景色が様変わり

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新潟側では山の中を走っていたのが、福島県側は田子倉湖に深く落ち込む急峻な山肌を、等高線に沿って走る開放的な風景


 開放的が故に雪等に道がさらされる為、 標高が高い地点では延々とスノーシェッドに守られています。

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ホント、ここまでして道を通す意地が凄いです。

何年か前に、この見渡す限りスノーシェッドで覆われた景色を見たときに、私はこの道の虜になりました。

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日本とは思えない風景

さすがは日本のマッターホルンです

 

山肌にへばりついて走っていくと、道端に石碑があります。

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当時内閣総理大臣だった田中角栄氏の名前が確認できます。


福島県側の国道252号は、新潟県側からするとかなりの急勾配で一気に高度を下げていきます。

その為に景色はめまぐるしく変化

ほどなくすると、長い長いトンネルに潜っていた只見線が少しだけ国道沿いに復活します。



 この区間に今はもう廃駅になった只見線の「田子倉駅」跡があります。

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秘境駅としては有名でしたね。

 

そして山岳区間の締めくくりは、やはりダム


 「田子倉ダム」の天端脇にたどり着きます。

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ここからは晩秋の紅葉を拝むことが出来ました。

この田子倉ダムのすぐ下流には「只見ダム」があり

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 ダムから振り返ると・・・

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田子倉ダムが大きなコンクリートの壁となってそびえたっています。

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春はダムの背後にある山々が、雪化粧した状態でかなり迫力のある景色を楽しむことが出来ますね。

ちなみに、只見ダムの脇にある

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 こちらの展示館でダムカードを貰うことが出来ます。

 

この只見ダムへの到着をもって、今回の国道252号の六十里越えをする旅の目的は完結

ここから会津若松へ抜けて、夕飯を食べてから東北道で帰宅!

青空と燃えるような紅葉も期待していましたが、雲霧に煙る幻想的な山間の風景を堪能した走ることが目的の旅でした。



832.8km程走って、平均燃費は燃費計読みで19.7km/L程
給油して満タン計算すると17.5km/Lくらいだったので、ヴォクシーのこのデカい図体の割りには経済的で助かります。。。


秘境へ続く 地中の道 奥只見シルバーラインを走る

三国峠を越えた翌日

 天気は生憎の雨

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雲が低く立ち込めて、山を登っていく予定なので視界が心配

天気予報では午後から晴れる予報ですが、どうなることやら?


とりあえずホテルを出発

小出から国道352号を山登り

 まだ11月も始まったばかりだというのに、既に行く先は「冬期閉鎖」の文字

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 途中で国道を離れて新潟県道50号へ

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ちょっと写真では見えにくいですが、ちらっと見えるゲートの向こうがこの旅の一つ目の目的!
おく
秘境へ続く道
奥只見シルバーライン

その昔、大学生の頃に友人と二人で東北を一周した旅の終盤にこの道に侵入

シルバーライン自体は全長が22kmほど、その内の18kmがトンネルの中を走るということに衝撃を受けた思い出深い道
その時は真夏ということもあり、外との気温差からかトンネル内は霧が発生していましたが、今回は割とクリアな視界!

 

 

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 延々と続くトンネルを抜けると・・・


重力式コンクリートダムとしては、日本で一番背の高い「奥只見ダム」がお出迎え

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風に乗った横殴りの雨でしたが、なんとか雲に隠れずに姿を拝むことが出来ました。
せっかく来たのでダムカードを貰うことに♪

しかし・・・


貰うには山の上にある電力館に行かないといけないのですが、スロープカーというモノレールみたいな乗り物でアクセスするはずが、冬期閉鎖に向けて前日までで営業終了w
仕方なく歩いて登ります。

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 少し登って振り向くとヴォクシーを置いてきた駐車場と、歴史あるレストハウス
この収容台数700台ほどの駐車場も、この前の週には紅葉を求めた観光客で満車になったのだとか・・・
とても想像できません・・・

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ちなみにこちらは10年程前に訪れた時の写真

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見比べてみると、窓に板を張ったり、「秘境 奥只見」の看板が無かったりと、今回の写真は既に冬支度が進んでいることがわかります。

 

冬眠中のスロープカーの横を登って、

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ダムの横を更に進むと遊覧船乗り場

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こちらも既に冬期休業期間に突入して、船を仕舞っている最中でした。

 

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 無事に電力館ダムカードをゲット
この電力館も、翌日から冬期休業だったので、ギリギリセーフです。



 天気も更に悪化してきたので、車に乗り込み次の目的地を目指します。

 続く

晩秋の三国街道を走る 国道17号

とある11月の金曜日、溜まっている有給を使って平日ドライブ

宿を取って、久しぶりに新潟方面へ出かける事に決定

 



空いている高速道路を使って快適移動

旅の腹ごしらえにまずは群馬県内をドライブ

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 新潟方面へ出かける時はなぜか寄り道して水沢うどんを食べてしまいます。(確か昔に投稿した記事でも同じようなことを・・・)

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 お腹いっぱい食べたところで新潟県を目指して出発
ここからは高速を使わずに、下道で走ります。

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 三国街道をトレースして県境へ

あまり詳しいわけではありませんが、ところどころに旧道が残っているようで、風情を感じます。


途中、猿ヶ京温泉でおなじみの赤谷湖で小休憩

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 紅葉には少し遅いのと、どうしてこうしてせっかく休みを取って出かけてきたのに、天気が最悪
雨は降るし、雲は低いしでせっかくの眺望が望めませんでした。

 

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でもこのどんよりと澱んだ空気感は、晴れでは出ない感覚なので雰囲気は出ますね(笑

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せっかく来たので一応ダムカードをゲットw

気を取り直して国道17号で三国街道を走る

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山岳区間に入ると、あちこちで道路の修復工事中。

何度か対面通行になっています。

 

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登り切ったあたりの道端に、こんなオブジェがあります。

右にある記念碑には

「クロソイド曲線碑」
三国峠付近の国道は、古くは三国街道として江戸と越後を結ぶ主要な街道であったが、戦後本格的な自動車交通時代に対応する道路に改良すべく、建設省三国国道工事事務所が昭和27年より工事に着手し、昭和34年の三国隧道の貫通により完成したものである。
 この区間は小半径の曲線が連なる山岳道路のため、車両が安全かつ快適に走行できるように道路の直線部と曲線部の間に、緩和区間としてクロソイド曲線を昭和28年に日本で初めて設置した。
 これを記念してここに碑を建立する。~

とあります。

クロソイド曲線とは碑の下線部分に書かれている通りで、わかりやすく言うと、車を運転していてカーブに差し掛かった時に、普通の曲線だとグイッと切らないといけないところを、クロソイド曲線だと一定速度でハンドルを切り込んでいけるので、急な操作を要求されずドライバーは快適に走れる曲線ですよ!ということ。

近年の道路では当たり前に近いくらいの存在ですが、ここが初めて採用された道だということです。

 

碑をあとにすると、すぐに目の前に飛び込んでくるトンネル

 

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昭和32年からここを貫いているトンネル。

こちらから見ると普通のトンネルの断面ですが、走って飛び込んでみると急に幅が狭くなり、断面も半円から卵型になって狭い印象です。

で、左側に気になる風景

 

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着々と進む「新三国トンネル」の工事

橋脚も出来上がってきて、トンネルが貫通する前にこちらの橋が架かるのでしょうか?

この感じだとPC橋でしょうか?

 

新しいトンネルが開通した時、今の「三国トンネル」はどうなってしまうのでしょうか?

老兵の行く末が気になります。。。

そんな三国トンネルをくぐると、出た先は新潟県

新潟県側からトンネルを掘り進めているようで、かなり物々しい雰囲気で車を停められず・・・

 

おとなしく下山

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 苗場スキー場周辺を走ります。

このあたりはスキーシーズンが来ると賑わうのでしょう

今は閑散としています。

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 f:id:satoru6938:20181119234147j:plain道の駅ができていましたが、いつできたのだろう?
記憶にありませんでした。

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外から見るとオシャレな雰囲気、入り口は宿場のような佇まい!

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 綺麗な道の駅で、中には足湯も!

旅の疲れを取るには最適な設備です(笑


そのまま山を下ると越後湯沢の街

今回はここらで一泊することにしました。

でも、出来るだけローコストに行きたかったので、越後湯沢ではなく越後中里で

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 スキー場を併設した大きなホテル


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部屋で地酒のワンカップを開けて、翌日のルートを確認
心地よく眠りにつきました。

 

ということで、旅の本来の目的はこの翌日の行程

次に続きます!

 

国宝 中尊寺金色堂を見る!

10月のこと
仕事で気仙沼へ1ヶ月間の滞在となり、少し滞在するだけなら良いのですが、港周辺しか遊ぶところの無い地域なので、週末の観光スポットを探していました。
 
この気仙沼市は、宮城県ではありますが地図で見てみると最北端の海の街
岩手県にグイッと入ったところに位置しています。
 
車で少し走ると、すぐに住所は岩手県一関市

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「一ノ関」と来れば、平泉が近い!
ということで、週末の行先は世界遺産となったのです。
 
 
待ちに待った出張先での週末
気仙沼駅から「大船渡線」を使って一ノ関へ向かおうとも思いましたが、鉄道で一ノ関を目指すと、少し湾曲した路線となっているので余計に時間がかかってしまう、そして何より本数が少ないので気仙沼へ帰ってくる時間が遅くなってしまい、少しホテルでもゆっくりしたい気持ちもあり、結局レンタカーで向かうことにしました。
 
気仙沼からは車で1時間と少しで到着
 
ここが中尊寺への入り口

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日曜日ということもあり、人でごった返していますが、杉並木が続く表参道の「月見坂」です。

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この月見坂、登り始めはなかなかの勾配で、普段運動していない人にとっては関門になりそうです(笑
 
登っていくと、先ずは「弁慶堂」が見えてきます。

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ここは源義経と弁慶の像を安置してあります。
 
ここを過ぎても古寺が点々として、ひときわ大きな「本堂」

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ここには比叡山延暦寺から分火された「不滅の法灯」が宿ります。
本堂の中では中尊寺の歴史を紹介されるパネルも用意されており、多くの人が堂内も見学していました。

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ちなみに、本堂は撮影可能なようです・・・
 
 
本堂を後にして、再び登っていくと今度は「め」のお守りで有名な峯薬師堂へ到着

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もちろんお守りは買っておきました(笑
 
さらに登っていくと、やっと「讃衡蔵」に到着

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ここは、仏像や経典、装飾品等の多くの文化財を収蔵してあります。
ここから有料エリアとなり、中尊寺に伝わる重要文化財や国宝を見ることが出来ます。

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蔵の中を見学し終わったら、この観光のメインとなる
 

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平泉はかつて非常に繁栄しており、この繁栄の象徴のシンボルとして現在も見ることが出来るのが「金色堂
 
中尊寺創建当時の姿を今に伝える唯一の建造物であり、知らなかったのですが、このお堂が国宝建造物第一号登録なのだそうです。
 
今でこそこれほど立派な覆堂が守っていますが、昔は木造の覆堂で昭和37年から行われた昭和の大修理でやっとボロボロの状態から修復されたそうです。
こちらは旧覆堂

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新覆堂の中では撮影禁止なので、写真を撮ることは出来ませんが、金色堂は内側も外側も金箔を貼られた皆金色阿弥陀堂で、柱や天助の装飾においても、漆や螺鈿(らでん)と呼ばれる装飾が贅沢に使用されています。
 
平安時代の平泉、奥州藤原氏が栄華を誇り、豪華絢爛な寺院を数多く作ったと言われており、中尊寺金色堂はその栄華を象徴する遺産なのです。
 
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
 
奥州藤原氏が滅亡してから500年後にこの地を訪れた松尾芭蕉が読んだ句
ただ夏草が生い茂る風景を見て、藤原氏の栄華の痕跡は跡形もなく栄華の儚さを読みました
 
しかし、一方で
 
「五月雨の 降り残してや 光堂」
 
とも、光堂は金色堂の事であり、当時も今と変わらずに金色堂は美しく光っていたことを教えてくれています。
 
 
さて、メインを見終えて満足した後は、境内をプラプラと散歩
金色堂を見る有料エリアから出たところに白山神社への入り口があります。

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ここをくぐっていくと、重要文化財に指定されてる、白山神社能舞台があります。
近世能舞台遺構としては東日本で唯一ということで、これまた立派な佇まいでした。

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これで中尊寺観光は満足
 
下山を開始します。
 
 
登りに時間をかけてきたので、帰りは素早く移動

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行きはしんどかった「月見坂」の途中から麓の衣川を望む

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冬はこれが真っ白になると思うと、一度来てみたくもなります。
 

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下山して腹ごしらえを終えたら、そのままホテルに戻ろうかとも思いましたが、少し寄り道をすることにしました。
 
続く